この世界の片隅にネタバレあらすじ原作最後まで 相次ぐ死別,異性の影,激動を経た結末に感動

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松本穂香さん主演ドラマ『この世界の片隅に』原作最後までのネタバレあらすじについて、まとめてみました。

新ドラマ『この世界の片隅に』の原作は、こうの史代氏のコミック『この世界の片隅に』。思春期に第二次世界大戦が始まり、その真っ只中に結婚、その後終戦を迎えるまでの主人公・すずの生活が、上・中・下、3巻で描かれます。

戦争下という過酷な状況の中、そこでは人々の日々の暮らしが営まれていました。時代の波に翻弄されながらも、18歳で嫁いだすずが必死に生き、居場所を見つけていく姿に涙が止まらない感動作となっています。

以下、松本穂香さん主演ドラマ『この世界の片隅に』原作最後までのあらすじをネタバレでまとめています。ドラマ『この世界の片隅に』のネタバレにつながる可能性がありますので、ご注意ください。
 


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ドラマ『この世界の片隅に』原作の概要

原作コミック『この世界の片隅に』は、広島市江波町に生まれ育った主人公・すず(松本穂香)が、第二次世界大戦真っ最中の昭和19年広島県呉市に住む北條周作(松坂桃李)一家のもとへ嫁ぎ、その翌年、昭和20年に終戦を迎えるまでの生活が描かれる物語です。

昭和18年年末にすずに縁談の話が来るところから、昭和20年の終戦2ヶ月後までの2年間弱が、本編『この世界の片隅に』として描かれ、その前後に、すずの幼少期の出来事が描かれる序章終戦後の出来事が描かれる終章が入る3部構成となっています。序章で描かれる幼少期にて、のちの人生に大きな影響を与えることになる周作を始めとする3人の人物にめぐり会い、本編にて周作と夫婦になったすず。様々な経験、終戦を経て、大きく成長したすずの姿が終章で描かれ、物語は結末を迎えます。

激動の時代の中、物質的に貧しくなれど、様々な工夫と努力で、少しでも豊かに暮らしていけるようにと営まれていた家族の生活がメインで描かれますが、そこにはすず・周作それぞれに気になる異性の影や、戦時下ならではの不幸も・・・それぞれの経験を経て、成長したすずがたどり着いた結末に号泣必須の感動作となっています。

それでは、ドラマ『この世界の片隅に』原作最後までのネタバレあらすじ、スタートです!
 


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ドラマ『この世界の片隅に』原作序章のあらすじ(ネタバレ

※記載しているすずの年齢は、その年の誕生日を迎えた時にすずがなる年齢です

昭和9年1月(すず8歳)

すずと周作の出会い

広島市江波町の海苔すき(生ノリを細かく刻み、簀(す)の上に並べた木枠に流し込んで水気を切り、天日で乾燥させる工程。出典:コトバンク)業を営む浦野家の長女として生まれたすず(松本穂香)。すずには要一(キャスト未定)という男子からも恐れられるスパルタな兄と、年子のすみ(久保田紗友)という兄弟がいる。

ある日、風邪をひいた兄に代わり、商品の海苔を町の料理屋まで納めに行くお使いを、すずは母親・浦野キセノ(仙道敦子)から頼まれ、家を出た。

町に到着し、料理屋の場所をすずが尋ねたのが、不幸にも人さらいの男だった。『高いところなら見つかるじゃろ』そう言われ、肩に担がれたすずは、いつのまにか男が背負うカゴの中に入れられてしまう。カゴの中には幼い北條周作(松坂桃李)がいた。

機転を利かせ、なんとか人さらいのカゴの中から逃げ出した2人。『あんがとな、浦野すず』すずの股引の裾にあった記名から、すずの本名を知ったらしい周作は、そう言い、父の元へ帰って行った。

すずはカゴの中にいた少年が周作で、のちの夫となる人であることは知る由もない。

昭和10年8月(すず10歳)

すずとリンの出会い

大潮の日。干上がった海底を歩き、すずと要一、すみは、広島市の西部にある草津の祖母・森田イト(宮本信子)宅へ。同居している叔父一家から出迎えられ、やがて両親も合流。墓参りを済ませ、親戚一同賑やかな夕食を済ませたその夜。1人眠れず、天井を見つめていたすずは、天井の板の1枚が外れ、天井裏から自分達を覗いている1人の少女(二階堂ふみ)の存在に気づいた。

少女は器用にすずたちが眠っている座敷に降りてくると、すずたちがさっきまで食べていたスイカの皮を凝視。『もろうて来ましょうか?』『・・・うん』すずがスイカをもらって戻ってくると、少女の姿は消えていた。

寝ぼけていた、座敷童を見たということにされてしまったが、実はこの少女は子沢山の家に生まれ、口減らしの為に売られるも、脱走し、放浪を続けていた実在する少女だった。少女はのちに呉市の遊郭に拾われ、白木リンという名の遊女となる。

すずはのちにこの少女と再会することになるが、今はまだそのことを知らない。

昭和13年2月(すず13歳)

晢への淡い思い

学校の図画の時間。好きな風景を写生し、終わった者から下校して良いということになる。絵が得意なすずは、皆の唸るような大作を完成させ、早々に帰宅。家の手伝いをしていると、海辺の草むらの中にて、真っ白な画用紙を目の前に、海をじっと見つめているクラスメイトの水原哲(村上虹郎)を見つけた。晢はクラスきっての腕白坊主で、すずも何度晢に泣かされたことかしれない。

『帰れんよ?描かんのん?』というすずに、『帰らん。お父とお母が呑んだくれとるし。描かん。海嫌いじゃし』と答える晢。晢は一ヶ月前、海軍兵学校へ通っていた兄を事故で亡くしていて、家は悲しみに包まれていた。『正月の転覆事故の日も、こんな海じゃったわ』晢は波間にたつ白波を跳ねるウサギに例える。すずは、ウサギが跳ねる海を目の前に、じっと佇んでいる晢の後ろ姿を写生し、晢に持たせた。『いらんことするわ。こんな絵じゃ海を嫌いになれんじゃろうが』晢はそう憎まれ口を叩きながら、家に帰って行く。晢が帰った後も、すずは気がつけば晢のことを考えている自分に気づくのだった。
 


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ドラマ『この世界の片隅に』原作本編のあらすじ(ネタバレ)前編

※原作『この世界の片隅に』本編では、昭和18年12月から昭和20年10月の約2年弱の間の物語が描かれます。このうち、昭和18年12月から昭和19年12月の1年間を前編とします。

昭和18年12月(すず18歳)

舞い込んだ縁談

すずが妹のすみと一緒に、草津の祖母宅で海苔すきの手伝いをしていると、『大ごとじゃ!すぐ帰り』と叔母が慌てて帰ってきた。すずのことを嫁に欲しいという呉市の人が、今現在すずの家を訪れているという。

家にたどり着いたすずが、そっと窓から家の中を覗くと、そこには周作とその父・北條円太郎(田口トモロヲ)の姿があった。すずは周作の顔に全く見覚えがない。この頃、すずの家は工業港建設と埋め立てのため、海苔すき業を廃業し、すずの父・浦野十郎(ドロンズ石本)は工場勤めとなっていた。

家に入りづらいすずがモタモタしている間に、すずの縁談は両親同士と周作の間で勝手に決まってしまうのだった。

昭和19年2月(すず19歳)

嫁いだすず

呉の周作の家で、すずと周作の祝言が開かれた。戦時中にもかかわらず、この日のためにと家族が走り回って集めてくれたご馳走が並ぶ。すずの兄・要一はすでに出征していて、式には来られなかった。

祝言の間中、周作は拳を握りしめたまま、じっと黙って座っていて、料理には手を全くつけなかった。結局、すずと周作が一言も話さないまま、祝言が終わった。『私は周作にはもっと慎重に嫁を選ばせたかったのですが。ともかく母をよろしく』と周作の姉で小姑の黒村径子(尾野真千子)からは、早速釘を刺されてしまうすず。周作の母・北條サン(伊藤蘭)は足が悪かった。

やがて、夜になり、布団の上で対峙したすずと周作。すずは、周作から小さい頃に会ったことがあることを告げられるが、全く覚えていない。『よう来てくれたの』周作はそう言い、すずを抱きしめるのだった。

翌朝早くから、すずの北條家の嫁としての仕事が早速始まるが、根がおっとりしたすずは失敗ばかりしてしまうのだった。

昭和19年3月

帰ってきた小姑

慣れない環境のせいで、すでにすずの頭には円形脱毛症が現れていた。

そんな中、小姑の径子が末っ子の晴美(稲垣来泉)を連れ、突然北條家に帰ってきた。当時には珍しい恋愛結婚をし、時計屋を営む夫の家へ嫁いでいた径子だったが、もともと病弱だった夫が病死。以来、径子はそのはっきりした性格ゆえ、嫁ぎ先と折り合いが悪くなったらしい。

昭和19年5月

姑の重い言葉

食料事情が悪化してきたため、北條家の食卓にあらゆる野草が並ぶことに。梅干しの種でさえも、イワシの煮物に利用し、残った煮汁ですみれの葉を煮たものは翌日の弁当の一品となる。

そんな中、学校で女子勤労動員向けに講演会が開かれることになる。そこは周作と母・サンの母校だった。サンの行きたい思いを察したすずは八百屋に借りた自転車の後ろにサンを乗せ、自分はそれを押し、小学校へ。

『周作が4年生の時、うちの人がいっぺん解雇されてね』校庭にて、懐かしそうに語り始めたサン。『大ごとじゃ思うとった、あの頃は。大ごとじゃ思えた頃が懐かしいわ』と遠い目でサンは呟くのだった。(現在、円太郎は軍事工場の技師、周作は軍法会議の書記官として勤務)
 


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昭和19年6月

離縁した小姑

径子が晴美を連れ、嫁ぎ先へ帰って行った。と思ったら、すぐに径子と晴美は北條家に帰ってくる。その頃、防火のために建物密集地や重要施設周辺の住宅を間引いて、空き地を作る建物疎開が行われていて、その対象となった径子の嫁ぎ先が下関に引っ越すことになったのだ。『ええ機会じゃけ離縁してきた』とサラリと言う径子だったが、その心は複雑だった。

径子には久夫という長男がいた。当時は離縁したとしても、跡継ぎは嫁ぎ先に残してくるのが当たり前となっていたため、径子は愛する息子と離れて暮らすことになり、心では泣いていたのだった。

昭和19年7月

径子の苦悩

月初めに呉に初の空襲警報があり、北條家の隣に暮らす堂本志野(土村芳)堂本安次郎(塩見三省)と共同で防空壕を掘ることになる。防空壕に使う柱や中に敷く畳は、建物疎開で取り壊されたばかりの径子が暮らしていた家のものが使われた。

両家総出で防空壕が完成し、ひと段落ついた頃、1人防空壕の出入り口の柱をそっと手で撫でる径子の姿があった。柱には毎年5月に測った久夫と晴美、2人の背丈が線で描かれていたのだった。

すずにかかったスパイ疑惑

径子が離れて暮らす息子・久夫のことを思い、寂しさを感じていることを察したすずは、下関の久夫に絵手紙を送ることに。呉の港に戻る軍艦を写生していると、突然現れた憲兵(軍事警察。国民全体を監視し、思想弾圧なども行った)に『何をしとるか!!』と絵を取り上げられてしまう。当時は軍都の機密を守るため、写生や撮影は厳しく取り締まられていて、写生をしていたすずはスパイであることを疑われてしまったのだ。

憲兵からのお説教は長い間続き、神妙な面持ちをして聞いていたすず・キセノ・径子・晴美。しかし、皆はのんびりしたすずがスパイだと疑われたことがおかしくて仕方がない。やがて帰宅し、事情を聞いた周作・円太郎も一緒に、家族が久しぶりに大声で笑うなか、1人素直に笑えないすずであった。

昭和19年8月

リンとの再会

今月から砂糖の配給がなくなり、砂糖が貴重品となった。そんなある日、砂糖壺にたかる蟻から砂糖を守ろうとするうちに、すずは砂糖壺ごと砂糖を水がめの中に落としてしまう。母・キセノに言われ、すずは地図を頼りに闇市へ、砂糖を買いに行くことになる。

闇市からの帰り道。ふと気がつくと、すずは遊郭が立ち並ぶ一角に迷いこんでいた。通りがかるいい香りのする女性たちに道を尋ねても、皆遠方からこの地に流れ着き、この界隈から出たこともないため、さっぱり見当がつかない。歩き疲れたすずが、道端に座り、地面にスイカやキャラメルの絵を描いていると、近くの遊郭で働く遊女・白木リン(二階堂ふみ)が通りかかった、

道を教えてもらい、すずがその場から立ち去ろうとするとリンが『あのう・・・これにスイカ描いてくれんかね』と紙を差し出してきた。『お安い御用じゃ。他にも好きなもの言うてください』というすずに、『ほんま!じゃあはっか糖、わらび餅、あとアイスクリイム』と子供のような表情でリクエストするリン。アイスクリームを食べたことがないすずが、迷っていると、ちょうど馴染みの客が通りかかり『やっぱしええわ!行かんと』とリンが言い始める。すずは今度描いて持って来ることをリンに約束した。

帰宅したリンは径子に『あいすくりいむいうたらどんとなものですか?』と尋ねる。『甘うて冷ようて、小まいおせんべいが付いとって、そりゃあもう・・・』と径子は水を一口。『あいすくりいむの話しよったら、ただの水でも甘う思えてくるねえ』という径子が飲む水は、すずが砂糖壺ごと落としてしまった水がめの水だった。
 

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昭和19年9月

選ばなかった道、覚めた夢

周作の忘れ物の帳面を職場まで届けたすず。『たまにはすずさんも息抜きせないけんわい』周作は早々に仕事を終わらせ、すずをデートに連れ出してくれた。

大きな船が帰ってきたところなのか、街は水兵で溢れていた。晢に会うのではないか?と考え、周作の背後に隠れるすず。すずは昔の知り合いに会えば、呉に嫁いできてからの生活が夢で、覚めてしまうような気がしていたのだ。すずの言葉を聞いた周作は、『過ぎた事、選ばんかった道、皆覚めた夢とかわりやせんな』と意味深なことを言い、遠い目をする。すずがこの時の周作の言葉の真意を知るのは、もう少し先になる。

『ちいと痩せたような』という周作に『最近食が進まんような・・・』と答えるすず。『あ』とすずが妊娠の可能性を思いつき、それを察した周作も『あ』と顔を赤くするのだった。

自分の居場所

もう1人の身体ではないのだからと大盛りご飯を朝食に用意してもらい、婦人科を受診した帰り道、すずは約束の絵を持って、リンに会いに遊郭を訪れた。リンが小学校へは半年しか行かず、読み書きができないことが発覚し、名札を書くのも苦労するねとすずが言うと、『そりゃ大丈夫』とリンは胸元から厚紙に書かれた住所と名前、血液型が記された名札を差し出す。いいお客さんが書いてくれたと説明するリン。

すずは栄養失調による生理不順で、妊娠していなかったこと、家族の期待を裏切ること、嫁としての義務を果たせないことから来る暗い気持ちをリンに明かした。リンから『子供でも売られてそれなりに生きとる。誰でも何かが足らんぐらいで、この世界に居場所はそうそう無うなりゃせんよ』と励まされ、心底救われたすずだった。

元気に帰っていくすずを見送るリンは、胸の名札を大事そうに握りしめ、誰かを思い出すような表情を浮かべるのだった。

昭和19年10月

周作とリンのつながり

すずと周作の仲人を務めた、父・円太郎の姉である小林夫妻が物資の疎開のため、北條家を訪れた。夫妻がリヤカーで運んできた、家が焼けた時のための最低限の日用品を納屋の二階に片付けていたすずは、そこでリンドウの絵が描かれた茶碗を見つけた。茶碗は周作のもので、嫁に来てくれる人のために昔買ったものだという。茶碗をもらい、素直に喜んだすずだったが、その茶碗はすずのために買われた茶碗でなかったことが後々わかるのだった。

ある日、竹槍訓練に使う用の竹槍を作るため、竹を切っていたすずの目に、藪の中に咲いていたリンドウの花が飛び込んでくる。すずは、リンが着ていたリンドウ柄の着物を思い浮かべた。続けて、すずの脳裏にリンドウ柄の茶碗が浮かぶ。『過ぎた事、選ばんかった道』という周作の意味深な言葉をすずは思い出した。次の瞬間、すずはこの間リンに見せてもらった名札が、周作に頼まれ、職場へ持って行った帳面の表紙の厚紙と同じものであることに気づいた。

家に帰り、恐る恐る周作の引き出しを開け、帳面を確認してみると、その表紙にはちょうどリンの名札のサイズに切り取られた跡があった。周作とリンが、かつて結婚を考えたほどの仲であることを知り、呆然とするすず。すずは、自分がリンの代用品ではないかと悩むようになっていく。
 


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昭和19年12月

水原晢の来訪

北條家に水原晢がやってきた。晢は軍艦・青葉の乗組員になっていた。港に滞在中、ゆっくり風呂に浸かるという名目で乗員には外泊が許された。乗員が持参する米と引き換えに、一般家庭が一宿一飯の世話をするのだ。

こうして、北條家の茶の間に上がり込んだ晢は、すずのことを『すず、すず』と呼び捨てし、嫁として持て余していればすぐに連れて帰ってやると豪快に笑う。普段強く言うことのないすずも、晢の前では違い、『キザも大概にし!すずすず呼び捨てしくさって!』と反撃。2人が気の置けない関係であることは一目瞭然で、周作は複雑な気持ちになるのだった。

その後も晢は台所仕事をするすずを『普通じゃのう、お前はほんまに普通じゃ』と嬉しそうに笑いながら見守り、すずの作った夕飯を『うまいうまい』と言いながら食べた。

すずが風呂に入っている間、周作は晢に切り出した。『今晩は父が夜勤で戻ってこん。父のおらん間はわしが家長じゃ。申し訳ないが、わしはあんたをここへ泊めるわけにはいかん』

すずが風呂から上がると、晢はすでに納屋の2階に案内された後だった。周作は行火(あんか)を晢に持って行ってやれとすずに伝える。『せっかくじゃし、ゆっくり話でもしたらええ』と周作に送り出されたすずは、自分のすぐ背後で母屋の玄関の鍵を周作に締められたことに気づいた。

当たり前じゃない世界の当たり前

『おみやげじゃ』晢はすずにサギの羽を1本手渡す。晢は航海中に甲板にサギが落として行った羽を、すずにあげようと大事に持ってきてくれたらしい。羽を羽ペンにし、すずがサギの絵を描いていると、晢がすずの頬にキスをした。『すずは温いのう。柔いのう』すずのことを抱きしめる晢。されるがままにしていたすずは『うちはずっとこういう日を待ちよった気がする』と打ち明けた。

しかし、すずは『うちは今あの人に腹が立ってしょうがない!ごめん、ほんまにごめん!』と本心を明かした。自らの妻を男性と2人きりにし、戻ってこられないよう母屋の鍵まで閉めた周作のことが、夫に試されていることが、すずは腹が立って仕方がなかった。『あの人が好きなんじゃの』と晢は言った。

『四つ上かいのう。死んだ兄ちゃんと同い歳じゃ』と晢は語り始める。家計の苦しさから、当たり前に海軍兵学校へ入った兄。死んだ兄の代わりに、当たり前に海軍志願兵になった自分。以来、晢は軍人として、当たり前に命をかけ戦っている。しかし、いつからか晢はミスもないのに叩かれたり、手柄もないのに軍人というだけで一般人から敬われる自分が、当たり前の状態ではないことに気付き始める。『わしはいつ人間の当たり前から外されたんじゃろう。じゃけえ、すずが当たり前で安心した』とすずの膝枕で語る晢。『ずうっとこの世界で普通でおってくれ。わしが死んでも一緒くたに英霊にして拝まんでくれ。笑うてわしを思い出してくれ』晢はそういうと、まだ夜も明けないうちに帰って行った。
 

 

ドラマ『この世界の片隅に』原作本編のあらすじ(ネタバレ)後編

※原作『この世界の片隅に』本編では、昭和18年12月から昭和20年10月の約2年弱の間の物語が描かれます。このうち、昭和20年2月から昭和20年10月の8ヶ月間を後編とします。

昭和20年2月(すず20歳)

要一の訃報と初めての夫婦喧嘩

すずの兄・要一に戦死の一報が届いた。地域の慰霊祭に一家で出向き、要一の骨箱と共に帰宅した浦野一家とすず、周作。すると、空襲警報が出たため一家は防空壕へ。やがて、警報が解除され、防空壕の外へ出たすずは手を滑らせ、要一の骨箱を落としてしまう。骨箱が壊れ、出てきたのは小さな小石ひとつだった。『だいいちあの要一がそうそう死ぬもんかね』という母・キセノ。

遺骨がない以上、死んだとも限らない。しかし、生きているとも限らない。軍人だけならず、空襲も増えている今、いつ命を失ってもおかしくない状況に自分があることに気づいたすずは、晢の来訪時からモヤモヤしていることを、周作に尋ねてみることにした。

広島から呉への列車の中で『うちに子供ができんけえ、ええとでも思うたんですか?』と周作に切り出したすず。『ほんまはあん人と結婚したかったくせに』と恨みがましく言う周作。夫婦喧嘩となるが、思えばすずと周作が腹を割って夫婦喧嘩をできたのは、この時が初めてなのだった。

リン、遊郭へ

雪が降り積もる中、闇市へ買い物に行ったすずは、かつて周作がリンのために買ったであろうリンドウ柄の茶碗をリンにあげるため、遊郭へ。接客中のリンの代わりに、風邪をひき、休んでいるテル(キャスト未定)という名の遊女が茶碗を預かってくれた。

テルは客である若い水兵の心中に付き合わされ、怪我を負っていた。『まあ、好きっちゃ好き。知らん人っちゃ知らん人たい。なんや切羽詰まって気の毒やったと』九州育ちらしく冬が嫌いだというテルのために、すずは雪の上に南の島の絵を描いてあげた。『そげん南の島がよか!』とテルは熱がある頬を赤くし喜んだ。

帰り道、降り出した雪を見つめながら、すずは『周作さん、うちは何一つリンさんにかなわん気がするよ・・・』とつぶやくのだった。

昭和20年3月

晴美の入学準備

呉に初の空襲があり、軍人・軍属の死者62名、民間人の被災者347名が出るが、その被害は極めて軽微なものだと回覧板では報じられていた。

教科書は当時1種類しかなく、お下がりを使うのが普通だった。径子と荷物持ちのすずは、百貨店にて晴美の衣類や文房具などを買うがてら、父・円太郎の同僚宅へ教科書をもらいに行くことに。

同僚宅は先日の空襲で全焼。教科書も全て焼けてしまっていた。手が回らないせいか、道端には空襲を受け亡くなった人の遺体がそのままになっていた。

帰宅すると、晴美の兄・久夫から教科書が届いていた。(晴美へ。入学オメデタウ。兄サンノ教科書デシッカリ勉強シナサイ。母上へ。夏休二ハヤマトヲ見二行キタイデス。久夫)我が子の妹を思いやる気持ちに、径子が胸を震わせながら教科書をめくると、久夫の落書きだらけだった。当時、教科書は神聖なものとされ、落書きは厳禁。結局、北條家、総出で教科書を丸写しすることになるのだった。

昭和20年4月

テルミの形見

花見に一家で出かけたすずは、家族とはぐれた拍子に馴染みの客と訪れているリンと出会った。周作とリンが鉢合わせになったところを見たくないすずが悶々としていると、リンは茶碗の礼を言い、テルミがあの直後、肺炎で亡くなったことを明かす。『ずうっと笑うとったのよ。すずさんの描いた絵を見て。これ使うたって』リンはテルミの口紅をすずに差し出した。『人が死んだら記憶も消えて無うなる。秘密はなかったことになる。それはそれで贅沢なことかもしれんよ』とリンは遠い目をして言うのだった。

激化する戦況

この頃になると、1日に何度も警報が鳴り響くようになり、そのたびにすずたちは防空壕へ駆け込む生活を送ることとなる。
 


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昭和20年5月

様変わりした北條家

父・円太郎が務める工場地帯が爆撃を受け、円太郎の安否が知れなくなった。その被害は極めて軽微なものと報じられるが、実際には壊滅状態となっていた。

円太郎の消息が知れなくなる中、周作が兵隊になることが決まり、海兵団(海軍の下士官や新兵の教育施設)に入らなければならないため3ヶ月間家に帰れなくなる。『この家を守りきれるかいの?』と周作に問われ、すずは無理だという気持ちを押し殺しながら『うちはあんたが好きです。この家を守ってこの家で待っとります』と答えるのだった。

昭和20年6月

被災したすずと晴美

円太郎が海軍病院に入院していることがわかった。頭部と腹部を負傷しているものの、もうすぐ退院できるらしい。径子が突然晴美を連れ、下関の久夫に会いに行くと言いだした。駅にできた長蛇の列に径子が並んでいる間、すずが晴美を連れ、円太郎の見舞いに行くことになる。

海軍病院に入院している円太郎は、一般には報じられない戦況の悪化を知っていた。そのため、円太郎は径子に元夫の実家である下関に晴美を疎開させてもらうよう、勧めていたのだ。すずは径子の寂しげな様子の理由を知った。

円太郎の見舞いを終えたすずと晴美は、再び駅の径子のもとへ戻ろうと手をつなぎ歩いていく。港に停泊している船が見たいと晴美に頼まれ、少し遠回りをしたその道中、警報が鳴り響いた。近くの防空壕に入れてもらい、その後外へ出ると、あたり一面が瓦礫の山となっている。駅への道を急ぐ2人。

道端に時限爆弾が落ちていることにすずが気づき、晴美の手を引き、逃げようとした瞬間、爆弾が爆発した。

すずが目を覚ますと、その右手はもうなかった。晴美と手をつないでいたすずの右手ごと吹き飛ばされ、晴美はもはや原型をとどめてはいなかった。『あんたがついておりながら・・・人殺し!返して!晴美を返して!!』布団に横たわるすずに、径子が泣きながら掴みかかる。『やめれ、径子!』家族が止めた。
 


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昭和20年7月

広島に帰るという選択肢

7月1日深夜〜翌2日の未明にかけて、呉にB29の襲来があり、呉市の大半が火の海となった。訓練が中止になり、家の様子を見に帰ってきた周作に、すずはリンの無事を確認してきて欲しいと頼む。この時、周作はリンとすずが知り合いになっていることに初めて気づく。

妹のすみ(久保田紗友)がすずの見舞いに来てくれた。『ねえ、すずちゃん。広島に帰っておいでや』右手を失くし、日常生活が不自由になったことで、すずが嫁として北條家に居づらいのでは?とすみは心配していた。

7月24日〜29日。呉湾に停泊中の艦船を狙った襲撃があり、さらに大きな被害が出る。警報は1日に10回以上鳴り、今また警報が鳴り防空壕へ避難しようとしていたすずの目の前に、サギが飛来。襲撃が激しい呉湾から、逃げてきたらしい。すずは思わずサギを追いかける。『そっちじゃ!そっちへずうっと逃げ!山を越えたら広島じゃ』

次の瞬間、すずの目の前に爆撃機が・・・銃撃されかけたすずを周作がかばった。『アホが、死ぬ気か!?』側溝の中で周作にかばわれながら、すずは『うち、広島へ帰ります』と切り出した。なんとか説得しようとする周作に、すずは『帰る!帰る!』と子供のように駄々をこねる。周作は『白木リンの消息を知りたがっとったのう。絶対教えたらん。もう呉におらんのなら関係なかろう!』と声を荒げるのだった。

昭和20年8月

原爆投下の日

すずは広島へ帰ることになった。帰り支度をするすずに、径子は晴美の死をすずのせいにしてしまったことを謝罪。すずの世話や家事をすることくらい何でもないと径子は言い、『すずさんの居場所はここじゃ。くだらん気兼ねなぞせんと自分で決め』と伝える。その瞬間、空が激しく光った。

『やっぱりここへおらしてもらえますか・・・』とすずが切り出した瞬間、とてつもない轟音があたりに響き渡る。すずたちが外へ出てみると、広島の方に巨大なキノコ雲が立ち上っていた。広島へ原子爆弾が投下されたのだった。

終戦

すずの実家との連絡は一向に取れないまま、8月15日を迎え、正午より重大放送があるためラジオの前で待機するよう、回覧板が回ってくる。神とされた天皇陛下の声をすずたちは初めて聞き、戦争が終わったことを知った。

『最後の1人まで戦うんじゃなかったんかね?うちはこんなん納得できん!!』立ち上がり、畑へ出たすずはふと気付いた。『暴力で従えとったいう事か。じゃけえ暴力に屈するいう事かね。それがこの国の正体かね。うちも知らんまま、死にたかったなあ・・・』畑に突っ伏し、号泣するすずの頭を失くした右手が撫でていったように感じ、すずはふと泣くのをやめるのだった。

昭和20年9月

草津の祖母宅にいるすみからハガキが届き、すずは妹が生きていることを初めて知るのだった。

昭和20年10月

リンの死を知ったすず

上陸してきた占領軍に対する反乱を制圧しに、出張していく周作を見送った帰り道、周作に促され、すずはリンが勤めていた遊郭へ行ってみた。

そこは空襲により瓦礫と化していて、遊女のものと推測される長い黒髪のちぎれたものと、リンドウ柄の茶碗のかけらをすずは見つける。『ごめんなさい。リンさんのこと秘密じゃなくしてしもうた』とすずは告白するのだった。
 


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ドラマ『この世界の片隅に』原作終章のあらすじ(ネタバレ

昭和20年11月

様変わりした町

9月に呉に到来した大型台風の影響もあり、まだまだ食料は困窮していた。すずは径子と市へ。市には英語が並び、あちらこちらで見かけるようになった占領軍の兵隊には、お菓子をねだるこどもたちが群がった。

すずと径子は占領軍の残飯雑炊にありつき、地べたに座りながら『うまぁ・・・』と分け合うのだった。

昭和20年12月

記憶の器

呉湾を通ったすずは、水原晢が乗っていた軍艦・青葉が半分沈みかかっているのを見つけた。(昭和19年12月に負傷して帰港以後、特殊警備艦として港近くに繋留された青葉は、20年7月の呉沖海空戦に参戦し、切断、着底。)

かつて、港に何の船が停泊しているかを見たがっていた晴美。すずは胸の中で(おったのは青葉よ、晴美さん)と語りかける。

青葉をじっと見つめる1人の青年が晢であることに、すずは気づいた。すずは晢が浮かべる笑顔の端に、サギが舞う空の下、ウサギの跳ねる海を進む青葉が宿っていると感じる。すずは晢には言葉をかけないまま、通り過ぎた。

生きていようが、死んでいようが、もう会えない人、物があり、自分しか持っていないその人、物の記憶がある。自分はその記憶の器として、この世界に在り続けるしかない・・・そう悟ったすずだった。

昭和21年1月(すず21歳)

両親の死、妹の病

妹・すみに会うため、草津の祖母宅をすずが訪れた。少しめまいがするだけだと言いながらも、海苔すきの仕事が手伝えないほどにすみは衰弱し、布団に寝込んでいた。

原爆が投下された8月6日の朝、祭りの準備のため街へお使いに出た母・キセノの行方は知れず、父・十郎と一緒に市内を探し回ったというすみ。すみも十郎も二次被爆し、十郎は10月に亡くなっていた。

すみの腕には原爆症の内出血が出ていた(アザが出ても回復する人もいれば、亡くなる人もいた様子)。『治るかねえ?うち、治るかねえ?』と不安そうなすみを、すずは『治るよ。治らんとおかしいよ』と励ましたのだった。

祖母宅からの帰り道、すずが実家に寄ってみるとそこには兄弟らしい3人の戦争孤児の姿があった。

街に出ると、すずは『サチコさん?』『キヨコさんじゃろう』『太田さん!』といろいろな人から人違いをされる。誰もが消息を絶った家族の行方を探していた。

周作と待ち合わせたすずは、いつか人さらいにさらわれ、初めて会った場所で『この世界の片隅に、うちを見つけてくれてありがとう。ほいでもう離れんでずっとそばにおってください』と伝えるのだった。

親になったすずと周作

広島駅にて、列車を待つすずと周作の前に、戦争孤児らしい女の子が現れた。すずが落としたおにぎりを拾って食べようとした女の子は、すずの片腕がないのを知り、おにぎりをすずに差し出す。『ええよ、食べんさい』というすず。

女の子は父が戦死し、母親と2人で被爆。片腕を失くし、全身に怪我を負った母親は女の子を連れ、さまよううちに亡くなった。すずが母親と同じように腕を失くしていたことから、女の子はすずを母親に重ねたのだ。女の子は手のないすずの右腕に抱きつき、離れない。『あんた、よう広島で生きとってくれんさったね』すずはそう言い、女の子を呉に連れて帰ることにした。

北條家では、突然周作とすずが連れて帰ってきたしらみだらけの女の子に皆、困惑顔。『大鍋に湯う沸かし!着とる物みんな煮るで!』という円太郎。『とりあえず風呂かのう』という周作に『最後の方がええんじゃないですか?』というサン。『晴美の服じゃ小まいかねえ・・・』と晴美の服を出してくる径子だった。
 


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ドラマ『この世界の片隅に』原作最後の感想

なかなか自分に自信が持てず、縁談が舞い込んだ際も、年子で器量好しのすみと自分を間違っているのではないかと疑っていたすず。そんなすずは、夫の周作が遊女であるリンと結婚を考えるほどの仲であったことを知り、自分はリンの代用品なのではないかと悩みます。

一方の周作もすずと同じく自分に自信が持てなかったようです。リンとの結婚を周囲に反対されたような描写が所々にあることから、おそらくいろいろと考えた挙句に諦めたような周作ですが、自分の気持ちを通せず、想い合う仲になった女性を遊郭へ残したままの自分の不甲斐なさを呪ったことと推測します。また、水原晢が北條家を訪れた際も、すずのことを試めすようなことをしていることから、この時も周作には夫としての自信が揺らいでいたのかもしれません。

そんな2人が、互いの存在の中に自分の居場所を見出し、親になるという決断をした結末は感慨深いものがありました。

また、戦争下という普通ではない状況の中、すずたちが心を悩ませていく描写も印象的でした。夫・円太郎が解雇されたことを大ごとだと思っていた頃が懐かしいという周作の母・サンの言葉も重いですし、ますます戦争が激しくなる中、当たり前のことが当たり前でなくなっていくことに恐怖していた水原晢が、すずに普通、当たり前という状態を見出し、安堵する姿も印象的でした。

そして、自分たちの国が正しいのだと信じ、正義のために様々なものを犠牲にしてきたすずが、そうではなかったことに気づいた時に受けたショック、喪失感も心に残りましたね。大切な人は何のために死んだのか?自分は何のために生きてきたのか?自分の存在自体を覆すような大きなショックがあったと推測されます。

そんなすずがたどり着いた結論が、過ぎ去りし日々の記憶を留める器として、自分は日々生きて行くしかないということ。過去に様々な苦悩を抱えてきたリンは、その過去がある故に、死ねば記憶もなくなり、秘密も無くなることが一種の贅沢かもしれないと言っていましたが、リンは自分の死後も、自分が周作の、すずの記憶の器の中で生き続けることになろうとは思いもよらなかったでしょう。記憶の器の中で、亡くなった人たちや物を生かし続けることが、生きている自たちの義務で、存在意義だということなのかもしれませんね。

あの時代、想像もつかない過酷な状況の中で、普通に、当たり前に日々の生活を送ろうとしていたすずたち。そんな当時の生活があったからこそ、今現在普通に、当たり前に日々を過ごすことができる私たちがいます。普通は普通ではなく、当たり前は当たり前ではない。そんな大事なことに気づかされた作品でした。

原作コミック『この世界の片隅に』の世界観が、どのように実写化されるのか非常に楽しみです。ドラマ『この世界の片隅に』の方も、楽しみに観ていきたいと思います!
 


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