2019夏のドラマのあらすじまとめてます

光クラブ事件 東大生山崎晃嗣”人間は邪悪”天才の闇を作った壮絶過去と遺書が悲しい…


東大生・山崎晃嗣を襲った戦乱と友人の死…光クラブができるまで

1923年、千葉県木更津市で山崎晃嗣は生まれました。

 

父親は医師で木更津市長を務めており、

まぎれもないエリート家系の五男として恵まれた環境で幼少時代を過ごしています。

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出典:http://amanaimages.com

1942年に東大に入学しますが、

第二次世界大戦の学徒出陣により山崎晃嗣は北海道の地へ飛ばされ、

陸軍主計少尉となりました。

 

このとき、山崎晃嗣の高校時代の友人が一緒に北海道へ行っていますが、

山崎晃嗣はこの友人の最期を目の当たりにしてしまうことになります・・・・

 

高校時代の友人は上官の私的制裁、

つまりパワハラで命を落としてしまったのです。

 

山崎晃嗣は上官の口外しないようにという圧力を受け、

人間の醜さ、腹黒さに衝撃を受けました。

 

その後、山崎晃嗣は軍に支給された食料を隠し持っていた罪で

密告により横領罪で逮捕されてしまいます。

 

しかし、すべては上官の指示によるものでした。

警察の尋問中の凄まじい拷問を受けても、

山崎晃嗣は上官をかばいました。

 

1年半の刑務所生活は飢えと寒さとの戦い。

己の感情のはけ口に友人の死をつかった人間の心、

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上官に従い身代わりとして投獄された我が身などに

思いをはせる時間は充分すぎるほどにあったでしょう。

 

やがて、出所した山崎晃嗣でしたが、

今回投獄された件で約束されたはずの分け前にもありつけず、

山崎晃嗣の心に残ったものは人間への失望と虚無感のみでした。
 

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光クラブ社長 東大生・山崎晃嗣が残した遺書と愛人の言葉が深い…

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戦争が終わり、

人間そのものに失望した山崎晃嗣。

 

『人間はもともと邪悪』として人間に何も期待しない、

人生は楽しむためにあり、

楽しくなくなれば命を絶つだけだという享楽的な信念に沿って

山崎晃嗣は生き、光クラブを設立しました。

 

その信念通り、

 

立ちいかなくなれば絶つしかないと負債を抱え

若くして命を絶った山崎晃嗣ですが、

そんな彼の自伝が半世紀ぶりに復刻版として2006年に出版されています。

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その冒頭には、

1950年に『私は偽悪者』を編集した山崎晃嗣の数いた愛人の1人、

佐藤静子によって書かれた文言があります。

 

もし偽善者という言葉に対して、偽悪者という言葉があるならば、

彼こそ真の偽悪者だと思います。

引用:山崎晃嗣著/『私は偽悪者』

 

 

善人のふりをした悪人が偽善者、

となれば『偽悪者』とは悪人のふりをした善人ということになりますね。

 

人に対して心を開かなかった山崎晃嗣が

そばに置いた女性ですから、

彼の1番人間的に深いところを知っているのは彼女たちなのかもしれません。

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彼女ら、愛人から見ると、

山崎晃嗣は『本当は善い人』だったようです。

 

今となっては山崎晃嗣の本性について確かめることは叶いませんが、

人間の本性に失望しながらも、

会社名に『光』という言葉をつかった理由は

山崎晃嗣が人間や人生を憂いながらも光を求めていたのではないか

と思わざるを得ないような気もしてきます。

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山崎晃嗣が自ら命を絶った11月末。

彼が残した遺書にはひとつの歌が書きとめられていました。

 

望みつつ心やすけし散る紅葉理知の生命のしるしありけり

引用:Wikipedia

『自らが望んで心穏やかに散っていく紅葉、

そこに理知の生命の証がある』という自らの命を散っていく紅葉に例えた歌です。

 

山崎晃嗣は毒物を飲んだ時間までをも遺書に正確に書きとめていますが、

そこから意識が遠のいて行くまでのしばしの間、

山崎晃嗣の心の中には何があったのでしょうか?

 

激動の人生を生きた山崎晃嗣ですが、

前述の歌のように、その心は音もなく散っていく紅葉のように

静かに静まりきっておだやかだったのかもしれません。

 

 

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