ハンガリー ナジレブ村で死者162人!犯人組織エンジェルメーカーのアンビリーバボーな正体と動悸とは!?

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ハンガリーのナジレブ村で14年間で162人もの死者を出した

エンジェルメーカー事件についてまとめてみました!

 

ハンガリーの小さな村・ナジレブ。

今からおよそ100年前、

この小さな村限定で14年間になんと162人もの死者がでるという事件が起こりました。

 

ナジレブ村で亡くなった162人のうち、

その大半がなぜか『既婚』の成人男性。

 

162人の死因は事故死から病死と様々だったため、

ハンガリー警察も犯人や原因がつかめないまま14年もの月日が経ってしまったのです。

 

ハンガリー・ナジレブ村で死者が出始めた1915年から14年後の1929年。

ついに162人もの命を奪った組織『エンジェルメーカー』と

その首謀者である犯人が明るみにでることになります。

 

自らを『天使を作り出す人々』と名乗り、

人命を奪っていたエンジェルメーカーの犯行の動悸は

実にアンビリーバボーで身勝手なもの。

しかしそこには悲しい時代背景があったのです・・・

 

ハンガリーのナジレブ村で14年間で162人もの死者を出した

エンジェルメーカー事件について迫ってみました!
 

 

1915年終戦でハンガリーのナジレブ村に帰還した夫が次々…死者162人に!

ハンガリーの首都・ブダペストから

南東に100km強のところにある小さな村・ナジレブ。

 

この小さな村・ナジレブには

100年経った今でも人々を恐れさせる事件が起こった村として

人々の記憶に刻まれています。

 

その恐るべき事件とは、

1900年代初めに起こり162人もの死者を出した

ナジレブ村のエンジェルメーカー事件・・・

 

『エンジェルメーカー』とは、

162人もの命を奪ったある組織で、

その組織はナジレブ村の女性で構成されていました。

 

このハンガリー・ナジレブ村のエンジェルメーカー事件の始まりは1915年。

第一次世界大戦が終わり、

ナジレブ村から戦地へ赴いていた男性陣が

戦地から無事帰還したところから始まります。

 

ナジレブ村のどの家でも、

出兵していた夫・家族の帰還に喜びに湧きました。

 

しかし、その喜びもつかの間、

戦地から帰還した男性陣たちが次々に謎の死を遂げ始めたのです。

 

その死因は病死・事故死、実に様々で、

原因不明としか言いようがありませんでした。

 

ハンガリー・ナジレブ村で亡くなった者の大半は

戦争で戦地に行っていた男性で既婚者。

 

謎の伝染病か、それとも呪いか・・・

命を落とした者と同じように戦地に赴いていた男性たちは恐怖におののきました。

 

しかし、このハンガリー・ナジレブ村での謎の大量死は止まらず、

10年後の1925年には死者はとうとう100人を超えてしまいます。

 

その頃には命を落とす者の共通点である

『戦地に赴いていた既婚男性』という枠を超え、

子供から年配の者まで男女問わず命を落とす者が出るようになっていました。

 

そしてこのナジレブ村での謎の事件が起こり始めてから14年後の1929年。

死者はなんと162人まで膨らんでいました。

 

そして、この年、

ついにこの大量死の原因と犯人組織、首謀者が

一通の内通により明るみに出る事となります。

 

ハンガリー・ナジレブ村で1915年から起こっていた謎の大量死の原因は

なんとその大半がヒ素による毒殺事件だったのです。

 

犯人組織は自らを『エンジェルメーカー』と名乗る

ナジレブ村の女性で構成されており、

女性のナジレブ村民で今回の事件に関わっていない者の方が少ないという異常事態、

つまりナジレブ村の女性村民ほぼ全てが犯人・・・というアンビリバボーな結末。

 

それらの事件の首謀者は

ナジレブ村全ての子供を取り上げたと言っても過言ではない

ナジレブ村唯一の助産師で、

医師不在の小さな村・ナジレブで

医学に通じる者として村民全ての尊敬を集めていたまさに白衣の『天使』だったのです・・・
 

 

162人の命を奪ったナジレブのエンジェルメーカーの正体!犯行は村ぐるみで行われていた

1915年、終戦とともに

ハンガリー・ナジレブ村に帰還した男性の命を奪っていたのは、

男性たちの妻たちでした。

 

そして、村の女性たちを『エンジェルメーカー』という組織としてまとめ、

主犯格にいたのがナジレブ村の助産師・ファゼカシュです。

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出典:https://www.buzzfeed.com

小さな村であるハンガリー・ナジレブには当時医師が不在で、

助産師で医学に通じているファゼカシュがちょうど医師の代わりとなり、

ナジレブ村民たちの健康を支えていたのでした。

 

当然医学的な知識があるファゼカシュは

ハエ取り紙にヒ素が使われていることを知っており、

ハエ取り紙を煮出し抽出することでヒ素を入手。

 

それをナジレブ村に住む女性たちに手渡し、

『なぜ我慢しなくてはいけないの?』と女性たちの悩みの種である人物に

毒を使うことを勧めていたのでした。

 

当時のハンガリーでは恋愛結婚ではなく、

家族が結婚相手を決め、

当人たちは家族が決めた結婚に従うしかないという状況が当たり前でした。

もちろん、離婚も認められていません。

 

ハンガリー・ナジレブ村の男性は女性に対し威圧的で、

いわゆる男尊女卑の状態。

女性は手を挙げられても耐えるしかありませんでした。

 

また、1915年、終戦で帰還した男性たちの多くは

戦地での激務が原因で精神的にとても不安定で

家族に暴力を振るうことで精神の均衡をはかっていたような面もあったそうです。

 

戦争中、家を守り、男手がないなか力仕事をこなし、

疲れ切っていたのは女性も同じ・・・

 

そこでナジレブ村の女性たちは尊敬しているファゼカシュに相談、

162人もの死者を出す事態となった経緯にはこんな理由がありました。

 

しかし、そんなハンガリー・ナジレブ村の風習が始まったのは

何も終戦からではありません。

戦前だって、ずっとそうでしたし、

男性は変わらず女性に威圧的で

全ての女性が威圧的な父親を見ながら育ってきたのです。

 

なぜ終戦後になって女性たちが今までの風習や夫に耐えられなくなったのか?

 

そこには衝撃の女性の欲・エゴが渦巻く

男性村民が知らない『本当の事実』があったのです・・・

 

次ページに続きます!
 

 

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