光クラブ事件 東大生山崎晃嗣”人間は邪悪”天才の闇を作った壮絶過去と遺書が悲しい…


東大史上、最も天才と言われた男・山崎晃嗣(あきつぐ)の

光クラブ事件にスポットを当ててみました!

 

1948年。

戦後間もない動乱の時代に当時現役東大生だった山崎晃嗣が

東京中野区の鍋屋横丁に設立した貸金業者『光クラブ』。

 

戦前の価値観・道徳観を無視した新人種の若者による

衝撃的な光クラブ事件は、

半世紀以上経った現代まで

小説・映画・テレビドラマなど様々な作品の原作となってきました。

 

なかでも世間の大きな注目が集まったのが

光クラブ事件の主犯格で自決という方法で事件に幕を自ら引いた

東大生・山崎晃嗣です。

 

『人のものはわがもの、自分のものは自分のものと思え』

『人間はもともと邪悪』『女は道具』を信念としていた山崎晃嗣。

 

医師で市長という父親のもとに生まれた山崎晃嗣が

類稀なる明晰な頭脳を持った冷酷な合理主義者となってしまった背景には、

戦時中ならではの壮絶な生い立ちと過去がありました。

 

光クラブ事件を起こし、壮絶な最期を遂げた

東大史上、最も天才と言われた男・山崎晃嗣(あきつぐ)についてまとめてみました!

 

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開業4ヶ月で資本金1億を集めた東大生・山崎晃嗣の貸金業者『光クラブ』とは?!

1948年、当時東大生だった山崎晃嗣。

学内でも口数が少なく、

自ら積極的に人に関わろうとする人間ではなかったと言われる山崎晃嗣は

当時数少ない友人の一人だった日本医科大学生の三木仙也と

ひとつの小さな会社を立ち上げました。

 

その会社の名前は『光クラブ』。

俗に言う高利貸しで今でいう闇金のような貸金業者でした。

 

東京都中野区の鍋屋横丁に事務所を構えた光クラブ、

社長は山崎晃嗣、専務に三木仙也、

常務は山崎晃嗣と同じ東大生、監査には中大生と、

いわゆるエリート大学生集団で成り立っていたのです。

 

この4人から始まった小さな会社」『光クラブ』は

なんと開業4ヶ月で現代の価値に換算して

1億以上の資本金を各方面から集めることに成功します。

 

その出資者のなかには日本マクドナルド・日本トイザらス創始者の

藤田田(ふじたでん)氏もいたというから驚きです。

 

各方面の署名人に資本金を出させたのは

類稀なる山崎晃嗣のブランディング能力です。

 

現役東大生を始めとするエリート大学生集団が経営している点や

派手な広告が世間から注目を集めたのです。

 

また山崎晃嗣はまるで人間から感情を取り去ったかのような

冷酷で合理主義的な経営理念を持っていました。

 

光クラブの事務所の壁には山崎晃嗣の手によって

『光クラブ戦陣訓』なる経営理念が大きく掲げられていたそうです。

 

 『光クラブ戦陣訓』

一、権利のための闘争だ
二、人生はすべてこれ劇場なり
三、金利の鬼となれ
四、バクチには生命を賭けよ
五、ヒトのものはわがもの 自分のものは自分のものと思え

引用:http://petapeta.tumblr.com

その東大生ならではの明晰な頭脳を駆使して

戦後混乱を極めている法律の隙間をついた経営戦略が功を奏し、

著しい成長を遂げた光クラブでしたが、

開業からわずか10ヶ月で社長・山崎晃嗣が物価統制令違反で逮捕。

 

本来、戦後乏しい資源が法外な値で取引されるのを取り締まった法律ですが、

光クラブの高額な利子が取り締まりの対象となったのでした。

 

山崎晃嗣の逮捕をきっかけに光クラブの業績は急激に悪化。

気づいた時、山崎晃嗣は現代の価値で換算して

7億5000万円もの負債を抱えていました。

 

開業から1年3ヶ月を迎えた11月24日。

山崎晃嗣は光クラブ本社の一室で青酸カリを服薬し

その短い激動の一生を終えたのでした。

 

現役東大生らが起業した末に破綻、

社長の自殺という衝撃的な要素が世間の注目を集めた光クラブ事件ですが、

特筆すべきなのは東大史上最も天才と言われた山崎晃嗣という人物の人となりです。

 

『人のものはわがもの、自分のものは自分のものと思え』

『人間はもともと邪悪』『女は道具』と堂々と公言していたという

山崎晃嗣はその私生活も尋常ではなかったのです・・・
 

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光クラブ社長 東大生・山崎晃嗣の偏執的で破滅的な日常生活とは!?

東大生・山崎晃嗣にはある偏執的な『癖』がありました。

それが分単位でスケジューリングされた1日の計画と

それを日記に記す行為です。

 

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出典:http://allin8.net/culture/yamazaki-akitsugu/

睡眠・勉学の時間はもちろん、

日記を記す時間、考え事をする時間、女性と会う時間まで

分単位で記されています。

 

またすべての行為には、◯・△・◎などで

山崎晃嗣自身による評価がついています。

 

山崎晃嗣はそれぞれの時間を、

有益時間・女色時間(女性と会う時間)

無益時間(無意味な会話・空想など)といった風にカテゴライズし、

マーキングすることで詳細にわたって記録していました。

 

また山崎晃嗣のなかで最も有益とされる有益時間も

全部で6段階に分けられており、

もっとも有益とされる(1)は試験勉強など暗記、

もっとも有益度が低い(6)は学術的な会話となっています。

 

この詳細な日記を山崎晃嗣は

ほぼ1日も欠かすことなくつけていたというのですから、

東大史上最高の天才という華々しい肩書きを持つ一方、

少し病的な一面も併せ持っていたことがわかりますね。

 

また山崎晃嗣は女性関係も派手で、

複数の女性と関係を持ち、誠意など自分にはないと堂々と公言。

愛人の1人が妊娠した際には

相手が堕胎に応じなかった場合は自ら死を選ぶよう導くしかないとの一文を

日記に残していたそうです。

 

女性もまた女性で、

冷酷で全く感情を持たないような山崎晃嗣に魅力を強く感じていたのでしょう。

山崎晃嗣の周囲には常に6人程度の愛人がいたそうです。

 

こんな山崎晃嗣ですが、

最初から極悪非道な人物だったわけではありません。

 

優秀な学生だった山崎晃嗣を変えたのは、

東大入学直後の学徒出陣による北海道への徴兵で垣間見た

衝撃の人間の腹黒さ、醜さだったのです・・・

 

次ページに続きます!
 

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