わたしを離さないでネタバレ結末まで!原作の絶望的結末の解釈が難解?著者の意図「生きるとは…」もネタバレ!


「わたしを離さないで」のネタバレを結末までまとめてみました!

 

綾瀬はるかさん主演の新ドラマ「わたしを離さないで」の原作は

カズオ・イシグロ氏著の小説「Never let me go〜私を離さないで〜」。

 

2008年に出版された小説「わたしを離さないで」は世界中でベストセラーとなり、

カズオ・イシグロ氏は本作品で英国の作家ベスト20にランキング入り、

2010年には映画化もされました。

 

「わたしを離さないで」のテーマは命、そして生きることと重く、

原作小説「わたしを離さないで」の結末は一見絶望的なもの。

 

そのあまりにも救いがない結末に、

「どう解釈したらいいのか・・・」

「何が言いたかったんだろう」と結末の解釈に戸惑う声も・・・

 

ドラマ化される「わたしを離さないで」の原作を結末までネタバレしていくとともに、

多くの戸惑いがあった結末の解釈、著者の意図などについてまとめてみました!

 

※原作小説「わたしを離さないで」の結末までを完全にネタバレしています。

ドラマ「わたしを離さないで」の結末のネタバレにつながる可能性がありますので、

ご注意くださいね!
 

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原作小説「わたしを離さないで」ネタバレ結末まで〜陽光学園に隠された真の目的〜

※ドラマ「わたしを離さないで」の設定に置き換えて表記しています。

原作小説の設定は()内をご参照ください

スクリーンショット 2016-01-14 16.47.09

出典:「私を離さないで」HP

人里離れた山奥にひっそりと佇む陽光学園(原作:ヘールシャルム)。

 

この世間から完全に隔離された施設で

複数の幼い子供達が寝食を共に生活している。

 

ここでの生活は非常に特殊で、授業の大半を占めるのは美術。

生徒たちは絵を描いたり、オブジェを制作したりなど

自由に様々な課題に取り組んでいる。

 

また定期的に医師が学園に訪れ、

子供たちは入念過ぎるとも思える健康診断を受けることになっているのだった。

 

そして特筆すべきが

子供たちに外部へ出ることが全く許されていない点。

 

学園の周囲に設定してある境界線を越えることはタブーで、

そのルールを侵そうとしたある生徒は死後無残な姿で晒され、

またある生徒は学園に戻るも再び入ることは許されずそのまま餓死したという。

 

ここ陽光学園には子供たちには決して明かされることのないある目的があった。

それは、臓器提供・・・

 

学園に集めらた子供たちは全員

臓器提供のためだけに生み出されたクローン人間だったのだ。

 

外部にはその元となった子供が存在しており、

クローンであるため、戸籍などがなく外部で生活していくことは非常に難しい。

 

ドナーとして適齢期になるまでの言わば飼育のための施設が

この陽光学園だったのだ。

 

美術をメインに取り入れているのも、

クローンに心があるか?という点を探る目的があってのこと。

 

「課せられた使命がある選ばれた人間である」という学園長の言葉の真の意味が

子供たちに知らされることはなく、

子供たちはただただ自分たちの境遇を受け入れながら陽光学園にて生活しているのだった。
 

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原作小説「わたしを離さないで」ネタバレ結末まで〜陽光学園から外へ〜

陽光学園で生活する保科恭子(原作:キャシー)は

繊細で心優しい少女。

 

何かを強く主張することが苦手な恭子と対照的に

自己顕示欲が強く自分が1番にならないと気が済まない性格なのが

酒井美和(原作:ルース)だった。

 

クラスメイトの土井友彦(原作:トミー)は明るくマイペースな性格だったが、

癇癪持ちの一面があり、

ある日描いた絵をからかわれたことがきっかけで

クラスメイトのいじめの対照となってしまった。

 

そんな友彦に変わらず優しく接していたのが恭子で、

そんな恭子に友彦も心を開き、

2人の仲は徐々に特別なものへなっていった。

 

そんななか、それまで友彦に対し冷たく当たっていた美和が

突然友彦に近づき始める。

 

恭子と友彦の仲を嫉妬してのことだった。

やがて、美和は友彦と特別な関係になり、

恭子は傷つきながらも2人をただ見守るしかなかったのだった・・・

 

そして、月日が経ち、

恭子たちが陽光学園から旅立つ日が訪れる。

 

ドナーとして適齢期を迎えた恭子たちは陽光学園から

新たな場所(原作:コテージ)に移り、そこで新たな生活を始めるのだ。

 

しかし、それはあくまでもドナーとして必要になるときをただ待つしかない生活だった・・・

 

恭子たちは自分たちが陽光学園に居た意味と、

自分たちに課せられた逃げられない運命を知る。
原作小説「わたしを離さないで」ネタバレ結末まで、次ページに続きます!
 

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コメント

    • 得々
    • 2016年 3月 06日

    提供者になる人たち可哀想…
    普通の人の生活をしたかったんだろうな…

      • aoi-sea
      • 2016年 3月 08日

      得々さん

      コメントいただきありがとうございます。

      私たちは普通以上のもっと特別なものが欲しい、
      そうなりがちですが、
      普通って実はすごく特別なことなのじゃないかと考えています。

      ドラマは違いますが、
      木曜ドラマ「ナオミとカナコ」でも、
      「普通は特別」というセリフがあるんです。

      普通は特別。

      自分の境遇に感謝して生きることができたなら、
      きっと素敵な人生になるような気がします。

    • とも
    • 2016年 3月 13日

    原作は読んでませんが、クローン細胞を提供した方の人間が、クローンに殺されるなんて筋はなかったのかな?
    クローンたちは管理されていたなら、元の人間たちのなかには死んだ人もいたはず。そんなときはその後のクローンたちはどうなったのの?わからない。反乱起こして元の人間を殺すやつだっていたかもしれない。

      • aoi-sea
      • 2016年 3月 19日

      ともさん

      コメントいただきありがとうございます!

      ルーツの細胞は使い回しされているようなので、
      ルーツを殺してもルーツとして暮らすことは難しそうですね。

      ルーツとクローンとの間にかなりの年齢差があるでしょうし・・・

      人間が生み出したものが反乱を起こし、
      制御しきれなくなるというストーリーはよくあるので、
      ドラマの設定時代よりも先の時代で
      そういう展開にならないとは言えないですね。

    • nontedio
    • 2016年 3月 19日

    押井監督の「スカイ クロラ」と同じ世界構造のドラマですね。

    テーマ的に〈神に成りたいのに成れないもどかしさ〉。若しくは〈隙間見える4次元の存在に戸惑う3次元の人々〉等、ある意味古今東西普遍的テーマの1つなのでしょう。
    押井氏は〈抑圧的上部構造の自然崩壊に伴う最終的解放〉の可能性を示唆していたみたいですが、カズオ氏はどうなのでしょう。
    多分に作品では描かれておらず、其は永遠に有り得ないと想像しているのでしょうか。

    単にメローなだけでなくリリシズムも備えた「スカイ ~」の方が自分は好きでした。
    凝りまくったドックファイトも迫力満点、この点男女で好みが別れるのかも知れません。

      • aoi-sea
      • 2016年 3月 19日

      nontedio様

      押井監督の「スカイ クロラ」も、
      「わたしを離さないで」と同様、

      理解が難しいという感想と素晴らしい!という感想、二分しているようですね。
      「スカイ クロラ」の方も観てみたいと思います。

      教えていただきありがとうございます!

    • 凡夫
    • 2016年 3月 20日

    限り有る時間だから、決定された結果があるからこそ、濃縮させられる時間があるのは道理です。
    死という現実と戦いながら、親を含めた周囲の人達に人生の意味と醍醐味を教えて、安らかに旅立った6年生男子が居ましたが、彼には生への希望がありました。
    その希望が実現しないと理解するより前に、死を超越した幸福感を悟達したからこそ、彼は最後まで悲観なく、それどころか周囲の人達の人生観を一変させる程の良い影響を与える事が出来たのです。
    彼の最後の言葉は、「次は元気な身体で一緒に戦うからね」でした。

    しかし、当作には、決定的な悲観的要素があります。悟達要素なく時間的制約が厳し過ぎる点です。
    ここが決まっている以上、当作に希望的要素は無いと言えるでしょう。
    著者の言も、執筆当初又は執筆中に感じていたものであるかは疑問です。刹那的又は悲観的思想に立脚した上での価値観の向上をと言うのであれば納得ですが、「レナードの朝」に見るような、普通に生活している者には見えない現実世界の素晴らしさに気付かされる……この世界こそが実は天国なんだと実感出来るような価値観の変革は、当作の設定に於いて望むべくもないでしょう。
    苦即楽の境涯を得る為の条件は、時間的制約と戦いながらもそれに縛られず、更に乗越えられる希望がある事です。

    残念ながら当作は、多くの人が感じているように、絶望的な救いの無い物語という感想しか残りませんでした。

      • aoi-sea
      • 2016年 3月 20日

      凡夫さん、コメントいただきありがとうございます!

      なるほどですね。
      興味深く、コメント拝見させていただきました。

      >更に乗越えられる希望
      確かに、本作にはそんな希望は見当たらない気がしますね。
      おそらく著者は今に強烈にスポットを当てるべく、
      この救われない設定にあえてし、その効果はあったと感じますが、
      死を超越した幸福感といわれるものはないように思われます。

      本作における希望的な要素になり得る設定を無理やり考えてみると、
      恭子が外部の人間で、提供者である友彦を愛してしまう。
      友彦の死後、友彦の臓器提供を受けたと思われる男性と巡り会い、結ばれる。
      というような感じでしょうか??

      結ばれた2人が2人とも亡くなってしまうのはやはり悲しいですね。

    • Pinapina
    • 2016年 4月 02日

    原作だけ読みました。その後ドラマ化のあらすじを見せていただきたくてこちらへ。

    原作だけ読んだ後は、救いがないだけじゃなく、ふしぎな読後感で、なんだったんだーと考えることを止められないけどなぜんだかわからない。不快ですらあったりしました。その後アマゾンのレビューをいくつか読み、なるほどーということがたくさん。末期がんのひとのレビューもわたしには奥が深かったし、特にじみーちゃんという人の話がとても面白くて、目からうろこでした。なんで私には思いつかなかったのかな。イシグロ自身がじみーちゃんの様な解釈を導く話をどこかでしている、あるいはそういう風な話を書く人、ということもだんだんわかってきましたが。

    今回ドラマのあらすじを読ませていただくかぎり、ドラマ枠の時間の関係かストーリーがはしょられているような感じがするので、原作じゃないとこの救いのなさはつらいだけになりそうな感じがしてしまいます。実際にドラマを見ていないので、えらそうなことは言えないですが。ドラマしか知らない方々にはぜひ、原作も読んで欲しいです。イシグロ氏の意図がより伝わると思えるのですがいかがでしょう。

    その後、同じ作者の わたしたちが孤児だったころ を読んで、えーって思いました。じみーちゃんのレビューにさらに納得しました。わたしをはなさないで の方が好みですが。

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