京都五番町殺人容疑者は冤罪だった!真犯人を自首させた映画もうひとつの殺人事件と警察の不正の全貌


60年前の1955年、京都の歓楽街・五番町で起こった

京都五番町殺人事件にスポットを当ててみました。

 

京都五番町で傷害致死事件が発生、間もなくして容疑者4名が確保され

警察は容疑者4名から犯行の自供をとることに成功するのですが

その供述は全く一貫性のないものでした。

 

それもそのはず、この京都五番町殺人の容疑者として逮捕された4名の少年は

京都五番町殺人の真犯人ではなかったのです。

 

京都五番町殺人の真犯人は1年を経て、

ある”冤罪”をテーマとしたノンフィクション映画を観たことがきっかけで自首してくることになります。

 

そして警察内部の闇と民衆の差別が浮き彫りになり、

世間を騒がせることになっていくのです…

 

1955年に起こった京都五番町殺人が冤罪事件となってしまった経緯、

容疑者とされあわや殺人罪という無実の罪を受けることになりつつあった4名の容疑者たち、

そして真犯人自首のきっかけとなった映画で扱われた

もう一つの殺人事件についてご紹介します。
 
 

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1955年京都五番町殺人で容疑者となった4名はなぜ逮捕されてしまったのか?冤罪事件を後押ししたのは民衆だった

京都五番町殺人において当初容疑者として逮捕されてしまった4名の少年たち。

なぜ警察の捜査対象となってしまったのでしょうか?

 

1955年4月15日の夜、

事件は京都の歓楽街・五番町で起きました。

 

その日、京都五番町の沿道で被害者K(当時23歳)とその兄を含む4人組と

喧嘩になってしまった少年たち。

殴り合いになり、逃げ出した被害者Kたちを少年たちは追いかけたと言います。

 

逃げるKら4人組とそれを追う少年4人組…

いつのまにか被害者Kには2箇所の刺し傷があり、

その2日後にKは出血多量で帰らぬ人ととなってしまったのです。

 

誰がKを刺したのか?ということを考えた時、1番に疑われたのが少年たちでした。

警察は当時一緒にいたKの仲間たちからの証言をもとに

少年たちを逮捕してしまいます。

 

そしてその4名の少年たちのうち2名が被差別部落出身者と在日朝鮮人だったのです。

そのことが報じられると世間はこのように反応します。

 

「被差別部落のものは、殺人ぐらい平気でやってのける」

「在日朝鮮人は乱暴だ」

引用:「五番町事件」京都新聞(1956年4月8日)

このような民衆の反応が当時取り調べにあたっていた

刑事たちの背中を押したことは間違いないでしょう。

一般人の間に蔓延している差別心が

刑事たちの確信をより強めるものとなってしまったのです…

 

無実を主張していた少年たちは暴力的な警察の取り調べを受け、

次々に自供を始めました。

 

そこで聞かれるのがKを刺した凶器となったナイフの存在。

お互い隔離されている状態の少年たちが口裏を合わせることもできない状態なので、

ナイフを隠したという場所は食い違い、

その場所は実に30箇所以上にも及んだそうです。

 

それもそのはず、少年たちは誰がKを刺したのかはもちろん、

自分たちと喧嘩になっている最中にKが刺されていたという事実すら認識していなかったのですから…

 

少年たちは辛い地獄のような警察の取り調べから逃れたい一心だったのです。

 

いくら少年とはいえ、

殺人を認めればこの先どんな未来がまっているのかくらいは想像できたでしょう。

 

たとえ殺人の罪を受けることになったとしても、

とにかく今受けているこの取り調べから逃れたいと思わせるほどの

取り調べを警察が行っていたということです。

 

想像もつきませんね…

 

しかしこの京都五番町殺人の真犯人が

この少年たちとは全く関係ないところに存在していたのです。

 

しかし警察側はそんなことなど全く疑ってもおらず、

その後、京都五番町殺人の凶器は出てこないまま少年たちは殺人の罪で起訴されます。

 

その裁判中のある日、

突然真犯人と名乗る男が凶器のナイフや犯行当時着用していた衣服などを携えて自首してきたのでした。

 

京都五番町殺人から1年後の1956年4月4日のことでした。
 
 

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1955年京都五番町殺人の真相 目撃者が邪魔だった?目撃者を偽証罪で逮捕した警察の驚くべき実態

京都五番町殺人から1年後の1956年4月4日に

凶器のナイフなどの証拠を携えて自首してきたのはSという事件発生当時20歳の若者でした。

 

被害者であるKら4人組と容疑者少年ら4人組が喧嘩になり

追いつ追われつしている間にKを刺したのはこのSだったのです。

 

SがなぜKを刺したのかというと、

これも些細なことがきっかけの喧嘩でした。

 

被害者であるKら4人組と容疑者少年ら4人組が喧嘩になる少し前のこと。

SもまたKと京都五番町の飲み屋で喧嘩になっていたのでした。

 

そのときは仲介が入ったこともあり、ひとまずおさまったかのように見えたこの喧嘩。

腹が収まらないSは喧嘩の直後店を出たKのあとを追っていました。

 

店を出た直後、自分が追っているKが

店を出た直後にまた別の少年たちと喧嘩になっていることをSは知りません。

 

Kを見つけたSは、

「さっき殴ったのはお前やな」

と背後からナイフで2箇所刺したと言います。

 

その後、五番町近くの公園の公衆トイレに立ち寄ったSは

血がついたナイフや手ぬぐいを洗っていました。

 

実は、そのトイレにて不審な人物が血のようなものがついたナイフなどを

洗っている現場を目撃した人物がいたのです。

 

京都五番町事件の真犯人を目撃していたのが

当時20歳だった村松泰子さん。

村松泰子さんはたまたまこのトイレで手を洗っていたところ、

それを押しのけるようにして洗面台にむかったSを目撃していたのでした。

 

中折帽をかぶり、トックリのシャツの上に
紺の背広を着用し、半長靴をはいた男が血のりのついた手ぬぐいを洗っていたのを目撃した

として裁判の証人台に立ち、

少年たちの無罪を訴えた村松さんが邪魔だったのでしょうか?

 

捜査本部も解散した今、

また京都五番町殺人事件についてふたたび真犯人の捜査をすることが

面倒だったのではないかと推測されても仕方のない暴挙に警察は出たのです。

 

その暴挙が証言者・村松さんの逮捕。

その裁判から2週間後、村松さんを呼び出した警察は

深夜の2時までに及ぶ取り調べの後、村松さんを偽証罪で逮捕します。

 

「証人として宣誓の上、証言した際、事件の夜、
その男を見た事実がないのに、目撃した旨、虚偽の証言をした」

警察が村松さんを偽証罪で逮捕したことによって、

村松さんの真犯人に関する目撃証言は嘘として闇に葬り去られることになり、

真犯人の存在説も同時に闇に葬られました。

 

そんな中での真犯人の自首。

京都五番町殺人から1年。

真犯人Sに何があったのでしょうか?

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