ホテルニュージャパン火災の真実 オーナー横井英樹の孫はZEEBRAで叶姉妹とも親交の素顔とは


1982年に起きたホテルニュージャパン火災の真実にスポットを当ててみました。

 

通報5分の時点ですでに炎の海、鎮火までなんと9時間も要し、

死者33名を出したホテルニュージャパン火災にはそうなって当然と思われる真実がありました。

 

またホテルニュージャパン火災で実刑を受けたオーナーの横井英樹氏、

実の孫であり養子でもあるラッパーのZEEBRAさんや

要人の愛人説がある叶姉妹との親交など数々のエピソードを持つ人物でした。

 

ホテルニュージャパン火災の真実と

ホテルニュージャパンのオーナーで殺人犯と糾弾された横井英樹氏という人物に迫ってみたいと思います!
 
 

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ホテルニュージャパン開業までのいきさつに火災の真実が?もともとホテル計画ではなかった

ホテルニュージャパンは東京五輪開催の4年前の1960年、

第一次ホテルブームの先駆け的な存在として

都内のど真ん中である千代田区永田町にオープンしました。

 

 

日本初のトロピカルレストランやオープンカフェ、ショッピングアーケードを備え、

目新しいデザインがホテルのいたるところに取り入れられていました。

 

それに加え、国会議事堂が至近距離にあり、

合わせて当時のフジテレビや日本テレビ、TBSなどのテレビ局に囲まれているという立地から、

財政界や芸能界からの利用がとても多いことも特徴。

 

海外アーティストの来日時の宿泊先となったり、

人気芸能人の結婚式披露宴会場として使われるなど、

ホテルニュージャパンは非常に賑やかで煌びやかなホテルで

当時一種のステータスシンボルにまで上り詰めていたのでした。

 

しかし、このホテルニュージャパンというホテルの建設計画段階において、

もともとがホテル建設の計画ではなかったのです。

 

当初は高級アパートメントとして計画されていたものが、

東京五輪を前に来ると予想されていたホテルブームに乗っかる形で

突如、ホテルへと計画が変更されていたのでした。

 

オープンから間もなくは絶好調だったホテルニュージャパンの経営でしたが、

その後続々オープンするホテルニューオータニや東京ヒルトンなどに比べると

ノウハウや設備面で見劣りするようになり、

次第に苦戦を強いられるようになり始めたときの火災発生だったのです。
 
 

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ホテルニュージャパン火災の真実 一流ホテルの壁がブロック塀?粗末なつくりが招いたフラッシュオーバーとは!?

民家の塀などによく見られるコンクリートブロックを積み上げたブロック塀。

 

なんと永田町の高級ホテル・ホテルニュージャパンの客室の壁は

このブロック塀に板を当て壁紙を貼っただけのお粗末なものだったことがわかっています。

 

ご存知の方も多いかと思いますが、

コンクリートブロックには空洞が多数存在しています。

 

この空洞が原因となり、ホテルニュージャパン火災では

フラッシュオーバーという爆発的に炎が広がる火災現象が起こっていたのです。

 

フラッシュオーバーが発生した際、

1000℃を超える高温の環境が一気に広範囲に広がります。

 

そのことによって避難が不可能になるほか、

消火自体も延焼を防ぐという対応しかできなくなってしまうのです。

 

ホテルニュージャパンの9階で起こったタバコの不始末による小さな火種が

通報5分後には炎の海、その後9時間にも渡って東京の空を赤く染め続けたのには

こんな理由があったのです。

 

都内の一等地にある最先端の高級ホテルの客室の壁が

まさかこんな粗末なつくりであったとは誰も想像しなかったでしょう…

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