安藤和津 母 荻原昌子の認知症30年気づかず「クソババア死ね!」


 

タレントの安藤和津さんは認知症を発症した実母・荻野昌子さんの介護を

10年以上にも渡り、自宅で行ってきました。

 

安藤和津さんの母・荻野昌子さんの認知症の原因となったのは、脳腫瘍です。

脳腫瘍が大きくなるにしたがって脳の神経組織を圧迫するため、

人格が変わったり奇行に走ったりします。

 

その介護は壮絶なものでした。

 

母・荻原昌子さんの認知症の症状がピークだった頃、

安藤和津さんは日に何百回もトイレの中で、

死ね!クソババア」と呪文のように唱えていたと言います…

 

安藤和津さんは母・荻原昌子さんが認知症を発症していることに

なぜ数十年もの間気づかなかったのでしょうか?

 

安藤和津さんの母・萩原昌子さんが

どのように認知症を発症していったのか、

また身体的・精神的・金銭的に苦しかった

母・萩原昌子さんの介護について調べてみました。

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妾の子・安藤和津と母・荻原昌子の関係 認知症に30年間気づけなかったのはなぜ?

安藤和津さんの生い立ちに触れずして、

安藤和津さんと母・荻原昌子さんの関係を語ることは難しいでしょう。

 

安藤和津さんは1948年、妾の子として生まれます。

 

安藤和津さんの父親は元法相の犬飼健氏(祖父は元内閣総理大臣の犬飼毅

)ですが、

母・荻野昌子さんが安藤和津さんを身ごもった当時、

犬飼氏には妻子がありました

 

当時料亭を経営し、自らも芸者として働いていた母・荻野昌子さんは

27歳年上の犬養氏の妾だったのです。

 

非摘出子である安藤和津さんは母・荻原昌子さんと

母1人子1人で長年過ごしてきたのです。

 

安藤和津さんが中学1年生の時、父親である犬養氏が他界しますが、

妾とその子供と言うことで葬儀の親族席には座ることが出来なかったそうです。

 

安藤和津さんは、母・荻原昌子さんから、

パパからもらった宝物」と呼ばれ、とても大切に育てられ、

安藤和津さんが20歳を迎えると、

それまで仕事一筋だった母・荻原昌子さんは

安藤和津さんの花嫁修業のために、店をもたたんでしまったということです。

 

その生い立ちから、一般的な母子よりも

数段も結びつきが強かった安藤和津さんと母・荻原昌子さん。

 

このころから母・荻原昌子さんの言動に異変が現れ始めます。

しかし、安藤和津さんはそれらの母の異変を、

母親の娘への過度な執着と受け取ってしまっていたのです…

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安藤和津の母・荻原昌子の奇行の数々!認知症の初期症状だった…

安藤和津さんの母・荻原昌子さんの認知症の初期症状は、

異常な執着という形で現れました。

 

安藤和津さんと母・荻原昌子さんは、母1人子1人。

それゆえ、これまでも母・荻原昌子さんには娘にやや構い過ぎる傾向があったそうです。

 

そのことが、認知症の発見を遅らせたのかもしれません…

 

安藤和津さんは母・荻原昌子さんの認知症の初期症状を、

母の娘への過度な愛情と勘違いして、憎むようになっていった

というから、とても悲しいですね…

 

以下が、安藤和津さんの母・荻原昌子さんに現れた認知症の症状です。

 

1日に20回以上も電話がかかってくる。

 

同じマンション内に住んでいたことから、母・荻原昌子さんが、

安藤和津さんと夫の奥田瑛二さんの新居に入りびたりになる。

 

安藤和津さんの娘たちに10円玉を渡し、下校後必ず電話をかけるように指示する。

危ないから、と電車をつかわせない。

 

安藤和津さんの娘のピアノ教師に月謝を催促され、

札束を顔面に向かって投げつける。

 

操作がうまくできないと、テレビのリモコンや電話の子機を

床に投げつけて壊す。

 

感情の起伏が激しい。

 

度重なる以上の母の言動に、

安藤和津さんは母を憎むようになったと語っています。

 

あんたのせいで家族の関係にもひびが入りそうだ

あんたは悪魔だ! クソババア死ね!!

と、何百回以上もつぶやく毎日だったそうです。

 

実は意外にも、安藤和津さんの母・荻原昌子さんが発症した

認知症の以上の症状は、珍しいものでは決してなく、

よく見られる事例とのことなのです。

 

安藤和津さんの母・荻原昌子さんのように、

少しずつ少しずつ発症していった場合、

年のせいで頑固になった」とも勘違いしてしまいそうですよね。

 

 

ヘルパーの過失で母寝たきりに!3重苦だった安藤和津の母の介護生活…

そのうち安藤和津さんの母・荻原昌子さんの認知症は、

誰が見ても異常な状態に進行していき、

手づかみでものを食べるようになってしまいました。

 

病院を受診し、

母・荻原昌子さんは脳腫瘍による認知症を発症していること、

その脳腫瘍は30年以上も前から形成され始めていたということ、

いままでの母の奇行は認知症の症状の一部だったということ、

そしてこれからますます認知症が進行していくと予想されること、

以上を医師から聞かされた安藤和津さんは猛烈に自分を責めたと言います…

 

この1998年の母・荻原昌子さんの脳腫瘍発見から

他界されるまでのおよそ10年強、

安藤和津さんは自宅でヘルパーさんの手も借りながら介護しました。

 

母・荻原昌子さんは24時間監視していないと

何をしでかすかも分からないところまで進行していたため、

安藤和津さんが休んでいる間は、ヘルパーさんについてもらっていたそうです。

 

しかし、ヘルパーさんのなかには意識の低い方もいたようで、

いい人に巡り合うことも難しく、20回以上は変わってもらったのだとか。

 

ヘルパーさんが、母・荻原昌子さんを転倒させ

寝たきりにさせてしまうという大事故も起こりました。

 

介護にはヘルパーさんの当たり外れ、質の問題もあるんですね。

 

また、ヘルパーさんに支払う給与以外に、看護師を呼ぶことも度々あり、

行政の補助があっても、その負担は大きく、

安藤和津さんは、

莫大な介護費用の捻出に夫の奥田瑛二さんと2人

頭を抱えたと当時のことを語っています。

 

芸能人2人の収入でも厳しい莫大な介護費用…

想像がつかないですよね。

 

ますます高齢化社会が進み、

介護される人・介護する人、共に今後の急増が予想されているだけに、

行政面での対策の他に、

身内で介護が必要になったとき、だれがどう動くのか

費用も含めて、元気なうちに話し合っておくことが大事になりそうですね。
 

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